山径会

~山径会のご紹介です~

-東洋思想をテーマにした学習会を開催している団体です-

 昨年の秋は御嶽山の噴火という怖ろしくも痛ましい出来事が発生しました。噴火10分前という写真の晴れやかな笑顔が紹介されたりしてやりきれない気持がつのります。又一方では豪雨による土砂崩れ、浸水等々、近年自然災害のニュースが続発です。

 かなり前、想定外という語が流行語のようになった時期がありました。そして近頃の自然災害続発に際して又この単語が復活しています。日常会話の中で「想定外なんて言わないですむようにしっかりして欲しいわねぇ」という言葉を聞きました。一瞬私は「うん?」と返事につまずき、何でつまずいたのかな?と考え込みました。

 私は二十歳頃は当たり前のように思っていた人生――やりたいことをやって、いずれは結婚して子供を生んで――という人生をおくってこなかった。それなのに当然のように今ここにいる。不思議と言えば不思議です。妹は結婚して子供を生んで50歳代で不意にこの世を去りました。

 全く浮世では何があるか分らない、生きるってそういうことだろうといつの間にか思えるようになりました。つまり、人間は想定外だらけの日常を何とか生きているのだけれど、何とかなっているので案外気が付いていないのかもしれないということです。昔の人は「一寸先は闇」とか船乗りたちは「板子一枚下は地獄」とか言い伝えていますよね。

 昔、夏目漱石の読書会の折に『人間は生活上不都合だからと時間と空間を捏造した』というくだりがあって、私は思わず「車に轢かれちゃう」と言いました。即、友田不二男先生は「車と思わなくても危険物と体が認識すれば避けるでしょう」と。今思い返すと時間も空間も単なる言葉であり約束事なのに実体と思い込んでいたようです。これとかあれとかでは分かりにくいので、これを茶碗と名付け、あれを車と名付けました。車と名付けられたあれと車という単語とは全く別次元のことです。荘子の『一ハ二ヲ生ジ二ハ三ヲ生ジ三ハ万物ヲ生ズ』でした。やれやれです。

 今年度も又ご一緒に皆さまそれぞれのテーマに取り組んでまいりましょう。

 山径会会長 藤野 和子